井上 城氏ホームページより



渋谷RAIZ のカウンターからの眺め


「まいった!何でだ?井上 城 急逝」(2006/5/28)

  5月28日 茅場町の作曲家小倉先生が ランチと吾がパソコンのバージョン
アップを見に道玄坂までご足労いただくということで 狭い部屋ながら掃除機を
掛けたり永年上げ下ろしをした所為か ビスが磨耗してしまい もはやソファに
戻らなくなったベッドにカバーをして客室らしくしたりして 一汗かいている時に
FAXが届きました。


 それ以来 その「まいった! 何でだ?」の2フレーズが頭から去らなくなりました。
 友人 井上 城が精密検査に赴いた病院で急死をしたという夫人 七重さんからの
知らせでした。
 
 小倉先生とのランチのレストランは その城ともほぼ月に一度代々木上原から12時
きっかりに歩いて来る彼と逢い 食事,ミルク多めの珈琲を採り道路前の Bunkamura
ザ・ミュージアムで彼の持って来た 2枚のチケットで入場した後 その入口で別れ 
彼は足早に 私はゆっくり展示を鑑賞するのが常でした。
 コマーシャルのプロデューサーから総務畑の知恵袋や情報室にいたときは几帳面な
印象だけだったのが 退職した後 JAZZや切手収拾に精通しているダンディで自由な
彼を知ることになりました。
 
 特に日本国中の全国博物館、7200館以上(博物館、美術館、資料館、記念館、など)
を紹介した「全国文化展示施設ガイド」を自費出版をして驚かされることになり
なかでも2003年7月から 毎月連載のミニコラム「ミュージアム・お耳よごし」は
自分の足や、電話取材による 5年の歳月を掛けた上記の編集ガイドブックの「国立
博物館から小さな資料館までの責任を果たすように 丹念に見て廻り 駆け足の
梯子観賞とは思えぬ 確信をついた 愛をこめたやさしい語り口で あの映画を愛し
続けた淀川長治さんの姿勢に似たものがあり こんな見方もあったのかと描くことの
背景まで知らされたもので 私は無論 各展示館も鑑賞者にとっても この連載が
途切れることは残念なことです。
 尚 このホームページ<全国文化展示施設ガイド-全国のミュージアム>バックナンバー
www.din.or.jp/~a-i-m/mimi_2006.html は愛妻 七重さんのアニメやキャラクター
そしてウェブの編集などデザイナーを超えた献身があってのもので人生のパートナーにも
恵まれた城でした。
 
 七重さんに伴われて 自宅近くの代々幡斎場の霊安室で 黒のタキシード蝶ネクタイの
正装の端正な 寝顔は皺一つ無く頬や唇の血色も良くやすらかにぐっすり熟睡してほほえみ
すら見せて ヤンケン何慌てているのと 端然と言われている思いで部屋にたどり着いて
窓外に見たのは夕刻の茜空でした。


 あらためて 同年輩で長いカウンターに並んで坐ってお互いに窓外を見ながらランチを
採る お互いに干渉しない関係を愉しめるようになり それでも 私の体調を心配して
検診をしつこくすすめることだけは 相変わらずで そんなときは折角のRAIZの食事の
食欲も無くなり 結局 耳鼻咽喉、呼吸器、循環器、眼科そして歯科で受診を重ね近々
左右の奥歯2本づつが借家のくせに大家の歯茎と顎の骨まで侵し 1週間づつの入院に寄る
抜歯と治療を受ける決断に迫られ気が重いこのところの報告と 御機嫌伺いのメールでも
送る矢先の訃報FAXでした。


 小倉さんとのランチ、パソコンへの対応、終始上の空でまことに先生には失礼しました。
 
 まいった! 何でだ?は もうごめんです。




戻る