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| ■2009/10/28(Wed) ロス10日の旅 スタート 篠崎忠見 様 帰国は 11月31日成田です。 魔のニューヨークから飛び立った 窓側の席は身動きが取れず臨席の 知的なエンジニア?らしき人が風邪気味で 赤い機内用の毛布を首に巻き 鼻をしょっちゅうかんではなにやら食べている。後方の席のユダヤの 黒装束の夫婦と モナリザ似のあどけない\少女が微笑みかけるので ちょっとスケッチをしてみせると はにかんだ表情を返してくる・・・ すると父親がその少女に説教をしだす。 肖像を描かれたり写真をとると寿命も吸い取られると聴いた事がある。 または 見知らぬ人に注意をしろと諭しているのかも。 あわてて I"m Sorry! なんでも ありませんよ の表情が帰ってきて その親子のやりとりは結局不明のままで少女は本を読み出し こちらは 窮屈な状況に戻る。 窓を覗くと 飛行機は砂漠を超えグランドキャニオンを超えて行く。 広大な砂漠に線がまっすが横に走っている。だれが通ると言うのか? 岩の上に Rの文字がはっきり見える。これも誰が?何の為に? カメラを持ち込まなかったのを悔い スケッチしてみるがとても この壮大な砂模様や岩礁の連なりは描けない! そのうちに家々が見え 鏡のようにキラキラ光るプールとカリフォルニア の町並みが広がって ロスに到着。 機内がざわざわする中 隣の男性が豆類とクッキーのスナックを私のテー ブルの上において降りる身支度をする立ち上がりたいわたしは その袋を 彼の方に戻そうとするとどうぞの表情 終始無言でその男性は わたしに 先に降ろそうとさえするので 彼の風邪に遠慮してトイレもすこし我慢を していたのも知っていた様な 節が見え思わず Thank you Take care! と握手。彼もはじめて笑顔を見せる。 そんな慎ましやかな紳士を身勝手な男と誤解していた訳で 物を貰う事に 弱い私です。 篠崎さんも旧知の 元UNIX JANの元気社長 角野元さんに出迎えてもら って10日間の ロス居候生活です! |
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| ■2009/10/29(Thu) 2都 180度差 見上げれば 高層ビル群のニューヨーク。 見上げれば 蒼い空にパームツリーのロスアンゼルス。 車と人ごみの中を急ぎ足で歩くニューヨーカー。 広い道を車で移動するロスのひとたち。 一国の東西で時差があり 180度の違いがある。 雨でも降れば毛皮のダウンジャケットでも寒さを感じる NY と日差しを浴びて長袖のシャツで十分のLA その差を今回ほど感じたことはありません。ここでは 別の目的のプランでいるのですが絵を描いても若干 違うようです。 そこで 先ず喧噪とダスティなニューヨークに行き 帰国前に ロスアンゼルスに立ち寄りカリフォルニア シャワーを浴びて時差も少なくする日程にいたします。 |
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LAの住宅地 Tujungaの家![]() |
■2009/11/01(Sun) This
is American homes ここCarpenterはハリウッドの北にあって各家庭の前庭にも 糸杉やパームツリーがあり 丁名にMagnolia=木蓮とあるほど 大きな木や花でいっぱいです。 とにかく道が広く 空が青く 緑に覆われた平屋の家々は300坪〜 1000坪の庭に碁盤の目状に整然とあり ゆったりした まさに This is American Homeです。時はハローウイン 南瓜や人形が つるされ白いクモの巣で木々がデコレーションされています。 その中の大きな木があり 冠のようなくぐって入る木の石段のある 入り口が面白く その角の家を描きました。 |
| ■2009/11/01(Sun) 狼老年 LAの夢 ニューヨークでは6人部屋のドミトリー 後半アパート一人の 寂しいモノでしたが ここLAでは 空港のお迎えを戴いてから 3人娘の次女Mちゃんがサンフランシスコの大学院でバイオの 研究中で その空き室に完全居候! ゆったりした部屋でゆったりベッド なにしろベッドの上に 上がるのにあまりにも高くイスを利用したほどで トイレバス タブシャワー付きのゲスト用。 毎朝 社長である家長のGさん の作ったバナナ、メロン、柿などシーズンのフルーツのパックと ホットコーヒーを手に 社長の運転する車で後方に愛妻H子3女H を乗せてバックタクシー(後方からいろいろ指示を出すタクシーの客) よろしく スピードの出しすぎや 後方確認やら父親の運転に叱咤の声 が飛び それを嬉しいように受け流し 近くのStudio Cityのエミー賞の 会場や事務局もある一角の事務所に到着します。 それから 緊張漂う危機管理のお仕事のまっただ中の社員達や書類に 眼を通したり 社員との聞き取りの姿を見ます。そこに ご意見番とも いうべきT氏もいて部屋の中で柔和な顔をしながら檄文を書いている。 ついでに言うと愛妻H子さんは 子供達が成長した数年前から各国 領事館や企業、ホテルなどの危機管理や各国語の同時通訳の社業を 手伝っておられ じつは K社長のGoing may wayもこの妻のヘルプ があってこそのMs クリントン以上の献身と母親ぶりで 3女Hちゃんは 昼間 仕事をこなして夕方自分の選択した学校に通っている。いちばん 夢多き期待の姫です。 そして 今回わたしのLA滞在の目的(NYは六本木での小品展の絵描き) 永年の夢 絵本やDVD,ひいては映画の素材を長女のYちゃんたちとプラン を練って行くというもの。 このYちゃん 映画のスピルバークのもと カメラマンとして さらには ドキュメントのシナリオ、ディレクターとしておおきく活躍するはずで 今回 それこそ狼老年の夢を応援してくれRやTといっしょにストーリーを 考え いまやYAN KEN DOODLE LAのアイディアの中心です。 そんなわけで 毎日 この愛すべき家族の姿を眼にしつつ 毎晩ベッドの 中で来し方の我が身を反省しております。 |
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| ■2009/11/03(Tue) LA
あちら こちら LA 10泊も残り少なくなりました。 Yちゃん、RON君、Cちゃん、わたしの4人による 初期の目的の オリジナルキャラクターの展開案の打ち合わせや Gさんの事業の 提案書作成の会議に出席させてもらうなど真剣な場の他 Gさんの 顔でアカデミー賞に匹敵する放送界のエミー賞の発表会場やその周辺を 見せてもらったり、Yちゃんの車で SANTA MONICAへ シーサイド レストランで直射日光を浴びながらシュリンプやサーモンを食し 元気で シャープなYちゃんと 企画を語り合ったり メーン道路の真ん中を列車 が走る仕掛けのショッピングや レストラン街のグローブでランチをし その中にあるMacを覗いて 大島淳二さんお勧めのノートブックを見ました。 ここは 長いニューヨーク生活からLAに来たCちゃんのエスコートで ひさしぶりに逢ったら白いシャツに黒のパンタロン スカーフにハット という170センチの長身のファッションはここLAでもカッコよかった ですよ。 帰国前日はむかしCMのロケで良く泊まり ニューヨーク一人暮らしの 垢をカリフォルニアシャワーで流す場でも有る ハリウッドブルバードの 側のハイランダモーテルの跡地の椅子に座り 中学2年の夏休みの愚息と 1週間同宿して ドジャース、ディズニーランド、ユニバーサルスタジオ、 など駆け回ったことを想い出しておりました。近くの空き地でドライブ ライセンスを取るためのレンタカーに同乗させたのは無謀でしたが・・・。 また チャイナシアターの前でチャーリー・チャップリン、マイケル ・ジャクソンの手形とも再開して 初メトロ試乗でノースハイランダ に戻りました。 |
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| ■2009/11/03(Tue) LA
ハイライト Amtrak でSanta Barbaraへ LAのジャグジー露天風呂 オリジナルキャラクター ストーリー導入部完成! |
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![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() Santa Barbaraの海上の家 |
■2009/11/04(Wed) Amtrak
でSanta Barbaraへ 晴天の日 もっともLAに着いてから 曇りの日はありません! Gさんから LA発 3時間のSAN DIEGOと2時間のSanta Barbara アメリカ西海岸 列車の旅をすすめられ サンタバーバラに出ました。 2階建てのAmtrakに乗り込んだだけで旅情をかき立てられ胸躍るものが ありました。Gさんに送られて列車が出ると車掌がチケットチェックに 来て 行き先を書いたカードを頭上に貼って行きました。周囲を見ると 乗客の上にカードが貼られ 目的地に来るとそのカードの貼られた人に 知らせるという いまどき優しいこころがけで 料金も25ドルと安く 日本のJRに見せたい光景です。 列車は海沿いを北に走ります。カリフォルニア特有のパームツリー、 糸杉、モミ、木蓮など温暖な地域に繁殖する木々と砂漠にも有る 禿げ山が車窓の向こうに流れて行きます。シアトルまで行く列車には 寝台、食堂車もあるようで 窓の下に2個のコンセントがありケータイ の充電やパソコンに使え ノートブックのモニターに鮮やかな色彩が 点滅している座席があったりします。 思い思いの乗客を乗せて走る列車 わたしはスケッチをしていた所為か 車掌がほら着くよと知らせてくれたのも知らず 社外からSanta Barbara Santa Barbaraの声にあわてて 荷物をまとめ 車外の降りたら先程の 車掌がにこにこ笑って待っててくれ だだっ広い駅は改札も無く のどか なものでした。 夕方 ちょっと予定の時間に遅れてバンナイに着き また出迎えてもらった Gさんからサンタ・バーバラの駅がジェームス・ディーンのエデンの東の舞台 であることを聴きました。 |
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■2009/11/05(Thu) 08:27 LA
月と星の下の露天風呂! 帰国前日 お別れランチをK一家と摂ったあと むかしCMのロケで良く 泊まり ニューヨーク一人暮らしの垢をカリフォルニアシャワーで流した 場でも有った ハリウッドブルバードの側の ハイランダモーテルの跡地 の椅子に座り 中学2年の夏休みの愚息と1週間同宿して ドジャース、 ディズニーランド、ユニバーサルスタジオ、など駆け回ったことを想い出し ておりました。近くの空き地でドライブライセンスを取るためのレンタカー に同乗させたのは無謀でしたが・・・。 また チャイナシアターの前でチャーリー・チャップリン、マイケル・ジャ クソンの手形とも再開して 初メトロ試乗でノースハイランダに戻りました。 その夜 K家で最後の晩餐を戴いたあと 眠いはずのGさんと二人 秋の虫 すだくなか 月や星を眺めながら大型ジャグジーの露天風呂につかりLAでの 完全居候の感謝の気持ちでいっぱいで いささかのぼせてしまいました。 |
| ■2009/11/05(Thu) 09:56 感謝の22泊24日の旅完了 YAN
KEN 帰国の空港へ行く朝 かずかずのおもてなしやご厚意に報える術も無く LA空港まで・・・もはや無言でハグなど交わし 日本に帰るというのに Gさんは 通りかかった同じく成田に行くらしい 外人にわたしの事を よろしくと伝えてくれました。 なにからなにまで・・・の心遣いに感謝してDELTAに買収されたばかりの ノースウエストに。足立区葛飾の日本人の奥さんが待っているロナルドは すっかり柴又の寅さんファンでわたしの荷物をひとつ持ってくれ NYから LAに行く便で 荷物の量オーバーで 50ドル取られLAで大型バッグを70 ドルで買ってひとつにまとめたのだが こんどは重量オーバーで50ドル! 厳寒冬装束の持ち込みのいつもの3倍の荷物で 結局170ドルの余計な負担 を 笑い話に搭乗までの時間を その寅さんなどの話で盛り上がりやおら 搭乗ゲートに向かったら 二人が最後の乗客でまた一汗 別々の席で良かった とお互いに思った帰国の途でした。 わたしは通路側 お隣の窓側の若いカップルはドリンクのお代わりが多く 気持ちよく寝込んだらトントンと起こされ 恐縮するでなく また飲み物を 頼んでいる。乗ってから10時間も経った頃 乱気流に入りしばらく上下高 していたが 成田に近くなって安定飛行になり 朝食はカットながら 無事 着陸し 帰りを急ぐドナルドの姿も無く 税関もスムーズに通過し 重量オ ーバーの荷物を引きずりながら 渋谷はマークシティのエクシールホテルまで リムジンに乗り込みました。そこに着きさえすれば 徒歩3分で自室に帰れる! LAのフリーウエィの流れと違って 残念ながら無理ウエィの渋滞続き。 これでは運転手さんは大変で 報告書を流れ待ちで書いている始末のバスも 夕闇明るい道玄坂に戻ってきました。 LAの緑と青空の夢の世界10泊 寒くて賑やかで忙しいNY12泊の旅は こうして終わりました。 これから六本木の喫茶店カファブンナでのYAN KENマンハッタン小品展 の準備と LAの絵本、DVD,映画へのプロジェクトを果たして行く所存です。 その節は よろしくお願いします。 |
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| ■2009/11/06(Fri) 17:27 大森実先生 お元気! そうそう 1968年夏 10,000トンのギリシャ船マルガリータで 東京港晴海〜ロスアンゼルス〜ハワイ〜晴海 35日の旅「太平洋 大学」にご一緒した諸兄姉に!今回のNY.LAのハイライトは当時 の学長 国際ジャーナリスト大森実氏から サンタバーバラに行く Amtrakのわたしのケータイにお電話をいただいたことをお伝え します。 実は ずいぶんご無沙汰していたのでNYからLAに向かうときNYで 描いた絵のコピーなどを ラグナビーチに送って 初めて持った ケータイ番号も添えました。 なんとバンナイから サンタバーバラ行き列車に乗り込んだ直後 奥様の恢子さんからお二人とも風邪気味な由伺い 替わられた 大森先生はもともとだみ声でお元気ないつものお声でした。 なかなかセンスが良い絵だと褒めていただきましたが 87才に なられた先生はゴルフも辞められたとか あの海が見えるラグナ ビーチの高台の豪邸のプールに浮かび 世界の偉人伝を著され 星の便りとしてテレビ中継で国際情報を発信し続けられたことを 思えば 寂しい思いも有りますが 真夏の太平洋の船上で語られた 「太陽を射よ!」の精神は いまも変わらぬお元気な声とともに 生き続けています。 |
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